ある住職(幸せになれるオリジナル小説)

ある住職


その小さなお寺は、森を深く深く入っていったところにありました。 目立たないので気づく人は少ないのですが、”どんな悩みも聞いてくれる住職”がいるということでクチコミで伝わり、今では訪れる人の絶えないお寺になっています。

その日も、ある男がお寺を訪ねて来ました。 

40歳くらいの痩せた男で、顔は青白くうっすら無精髭を生やしていまして、見た目からもいかに悩んでいるかわかるほどでした。 男が門のチャイムで用件を知らせると、住職の奥さんが出てきました。 奥さんに促され、男はお寺の中の一室に入っていきました。

「すみませんね、住職は今忙しくて。 手があいたら参りますので、少しお待ちになっていただけますか」

男は静かにうなずきました。 まもなく奥さんがお茶を持ってきてくれました。 男はお茶をいただくこともなく、緊張の面持ちで待っていました。

と、5分後。  住職が現れました。  

想像していたより、随分とお年寄りです。 一昔前の物のような、古びた袈裟を身にまとっている住職は、優雅に静かに向かい側のイスに腰掛けました。



状況を説明するよう求められた男は、考え考え、説明を始めました。 それはおおよそ、次のような内容でした。

・・・男は隣県に住む40歳の会社員。 実は数ヶ月前、過労とストレスから心の病気になり、会社を休職している。 今は投薬治療中。 一頃よりは落ち着いてきたが、今もまだ不安感から抜けられず、医者から職場復帰OKの許可をもらえてない。 また本人も復帰する自信がない。

・・・男は妻と二人暮らし。 幸い、妻は某役所勤めであり、収入も地位も安定している。 経済的にはどうにか暮らしていけるのだが、最近、妻の態度に傷つけられている。 心の病気に対し全く理解がないのだ。 

・・・昨日、決定的なことが起きた。 少し気分がよかったので、帰ってくる妻をねぎらおうと料理の腕をふるった彼。 ところが帰ってきた妻は、急に機嫌が悪くなった。 

「ちょっと。 こんなに凝った料理ができるくらい元気なら働けるんじゃないの?」

さらに妻はエスカレートして

「大体、心の病気なんて言い訳なのよ。 仕事なんて誰でも好きでやってるわけじゃない、みんな我慢してやってるのに。 あなたはガマンってことができないのよ。 病は気からっていうでしょう」

「近所の人にだって体裁が悪いわ。 お宅のご主人、毎日家にいるのねなんて嫌味を言われてるのよ。 あなたが具合が悪いってグタグタ寝てるとき、私は仕事も家事も両方やってるのよ」

「しっかりしてよ、もっとがんばれないの?」

・・・これだけは言ってほしくないことだった。 ”しっかりしろ” ”がんばれ” これが一番きついセリフだった。 男はこれでも、がんばってきたのだ。 自分のキャパシティ以上に。

・・・男はふらふらと立ち上がり、妻の声を背にして自分の部屋にこもってしまった。 



住職は途中、口をはさむこともなく、うんうんとうなずきながら聞いていました。 そして穏やかな笑顔で、男にこういいました。

「それはつらかったね。 この部屋にはきみと私、ふたりだけだ。 他言することもないから、この際、奥さんに対して思っていることをぶちまけてみたらどうかな」

「えっ それはちょっと・・・彼女の悪口をいうことになってしまいます」

「だいじょうぶ。 ほんの少しの間なら誰も責めやしないよ」

男の名誉のためにいっておきますが、彼はだれかれ構わず、悪口をいうような人間ではありません。 ただこのときばかりは、もうガマンができなくて、吐き出さずにいられなかったのです。



そこで、男は思い切って話し始めました。

「妻はきつ過ぎるんです。 言葉にトゲがあります。 なんでも思ったこと、すぐ口にしてしまうんです。 今までも、彼女の言葉にどれだけ傷ついてきたか。 確かに優秀でしっかり者ですが、弱者を全く理解しません。 思いやりに欠けるんです」

「妻の仕事もそれは大変な部分もあるでしょう。 でも少なくとも定時には上がれるんですよ。 私は病気になる前、毎日 遅くまで残業してまして、やってもやっても仕事が出てきて。 ほんとに疲れてました。 なのに妻は、仕事はなんでも一緒、あなただけが疲れてるわけじゃないというんですよ」

「それに勝ち負けにこだわり過ぎます。 私のことを人生の敗者だと思ってるんです。 妻は気が強くて人に厳しすぎます。 いつも自分が正しいと思ってるんです。 人を上から見てるんです」

「私も、これでもよくなってきた方なんです。 病気がMAXの時はこんな風にしゃべる気力もなく、何もできず、生きているのが辛くて・・・ なのに妻は全く理解がないんです」



男はしゃべり疲れたのか、急に話をやめてしまいました。 空を見つめるように、ぼーっとしています。

「なるほど、なるほど。 それはつらいねぇ。 奥様ときみとは性格が違うんだね」

と住職。 

「全く違います。 正反対といってもいいくらいです」



男が答えると、住職はまた微笑を浮かべながら、今度はこんなことをいうのでした。

「それでは別の方面も考えてみようか。 奥さんのいいところはどんなところかな? 過去のことでもいいから、何かあったら一つ聞かせてくれないか」



いいところ? そう言われてもすぐには思いつきません。 ここ数ヶ月、妻の嫌なところばかり目にしてきたのですから。 男はしばらく、じぃっと考え込んでいましたが、やがて思い出したように語りだしました。

「そうですね・・・今はこんな状態ですが、結婚当初は、明るくて大きな声で笑う子で、そんなところが大好きでした。 私にはないところですから」

「妻はとにかくしっかりしてて、頭がよくて。 私が病気になるまでは、ふたりでよく休日にドライブに行ってましたね。 妻が大きなおにぎりを作ってくれて。 彼女のおにぎりは何しろ大きいんです」

「お人よしですぐ人に物をあげてしまったり。 やたらと親切だったり。 困ってる人を見ると助けずにはいられない。 やさしい部分も確かにあるんですけどね」

「なんでもいっしょうけんめいやるところも、いいところですね。 私は彼女の笑顔が大好きなんですよ。 笑顔が一番きれいだから」



今度は住職の出番です。 住職はお茶を一杯すすったかと思うと、静かに穏やかに話をしました。

「なるほど。 すばらしい奥さんだ。 ただきみと違って歯に衣着せぬ性格のようだね」

「人は、わかってもらえないと思うと苦しくなるものだ。 家族だから当然、理解してもらえるものと思っているが、実際はどうだろう。 皆、考え方も性格も違うんだね。 わかってもらえたらうれしいが、わかってもらえなくてもそれも自然なことなんだね」

「奥さんが心の病気のこと、理解してくれないとしても、それは奥さんのせいじゃないよ、そして、きみのせいでもないよ」

「どちらも悪くない。 夫婦ってのは、違う二人が一緒に生活するってことだから、まあいろいろあるんだね」

「なぜ違う二人が一緒になるのかって? いい質問だ。 夫婦とは限らない、家族もそうだよ。 大抵、性格 違うよね。 でも、違うからいいんだ。 全く同じだったら刺激もない。 違うから、学びあえるのだよ」



住職はもう一度お茶をすすりました。

「きみもどうだい。 おいしいよ。 えっ? 言いたいことがあるのかな? いいよ、言ってごらん」



すると男は

「いろいろ言いましたが、妻に感謝してることには違いありません。 きついことを言われるのは確かにつらいけど、ただ感謝だけはしてます」



住職はにっこりしました。

「ほう、すばらしいね。 ではいつか、それを本人に示すといいね」

「それが・・・最近の妻はあんなですから、そんな雰囲気じゃないんです。 とてもじゃないけどいえません」

住職はまた微笑みました。

「そうだろうか。 案外チャンスはすぐめぐってくると思うがね」



不思議なことに、住職に話を聞いてもらっているうち、また、今まで誰にも言えなかった胸の内を吐き出しているうち、気持ちが軽くなっていったことに男は気づいていました。

と、住職は時計に目をやり立ち上がりました。

「すまんね、時間がなくて。 申し訳ないけど、これで失礼するよ。 今 家内が来るから、少し待っててくれるかな」




・・・ここまで長い間、読んでくれてありがとうございます。 

と、ここからがちょっと不思議なお話なのですが、住職が出て行った直後、なんと別の住職が現れたのです。 もう少し若い感じの人でした。



その住職はいいました。

「お待たせしました。 前の仕事が押してしまって・・・」

男は驚いて思わず、いいました。

「えっ、でも、お年寄りの住職さんに今まで聞いていただいてたんですが、あれは一体?」



すると住職は

「そうですか、現われましたか。 よくあることなんですよ。 誰なのかって? それは・・・多分、そのうちわかるでしょう。 でも解決したのでしたら、私はこれで失礼しますよ」




もう少し続き、お話しましょうね。

その後、男は家に帰り、相変わらずの態度の妻と夕食の席に着きました。 そこで彼はこんなことをいったのです。

「いつも、すまないね。 でも、ありがとう。 いつも、ありがとう」

妻が驚いたのはいうまでもありません。



一ヵ月後。

男は今も休職中ではありますが、少しずつエネルギーが戻ってきているようです。 笑顔を見せる日が多くなってきました。 そして素直に、妻に感謝できるようになりました。

妻も、男への態度がやわらいできました。 それどころか、男への気づかいの言葉が増えてきました。 さらに、男への感謝の言葉もひんぱんに出てくるようになりました。


そして・・・

もう少しだけ、引き伸ばさせてください。 ぜひとも、これは言っておかないと。

男がある日、古いアルバムを見ていたら、なんと例の住職そっくりの写真を見つけたのです。 つまり最初に話を聞いてくれた、謎の住職のことです。

そのそっくりさんは、男の曽祖父、つまり、ひいおじいちゃんでした。 



もうすぐ、お盆です。 

お盆といえば、そう、ご先祖さまが里帰りをするといわれてますよね。 男は、ひいおじいちゃんによーく、お礼をいおうと計画しています。

ところで、もしかしたら・・・あなたも知らないうちに、ご先祖様に守られているのかもしれませんよ。




~おしまい~



読んでくれてありがとう。 他のお話も読みたいという方は、こちらもどうぞ!


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Comment

シャイさん、おはようございます。 今日のSSも、感謝を忘れていた事を思い出させてもらいました。 私も、この奥さんのように時々「ズバッ」っと言ってしまうので気をつけたいと思います。大体、自分の事でイッパイイッパイの時って、相手の気持ちを考えていられなくなってしまいます。 やはり「感謝」ですね。
  • 2009/08/07 07:31
  • ユカリ
  • URL
ユカリさんへ
こんにちは。
暑い中、コメントありがとうございます。
いろんな性格の人がいてこの世は成り立っているけど
そうなんですよね、結局は 感謝・思いやりが大切って
ことですよね。
ユカリさんは思いやりが深いので
きっと相手に伝わってる と思いますヨ。
こんにちは!
本当にムシムシして暑いですね、溶けそうです><
あぁ~~~
私少々いや、かなりの反省ですね・・。
私も結構ズバッと言ってしまいますから・・;;;
で、言った後に気付く・・。
言い過ぎたあぁぁ~~。

そうなんですよね。
家族でも性格違うのにましてや
結婚した相手なんて、
それこそ合わないなんてありますね。
それでも一緒にいるのは
やっぱりお互い尊重と感謝と思いやりの気持ちを持って
接しているからでしょうか・・・。

以前のSSの鍵の話のおばあさんみたいに、
人にもそして、今日1日にも感謝したいですね。

まず私は身近なところ・・・物への感謝から初めてみようかな・・^^

  • 2009/08/07 18:33
  • sugar salt
  • URL
sugar saltさんへ
こんばんは。

同じ暑さでも蒸し暑いのはこたえますね。
>
> 家族でも性格違うのにましてや
> 結婚した相手なんて、
> それこそ合わないなんてありますね。
> それでも一緒にいるのは
> やっぱりお互い尊重と感謝と思いやりの気持ちを持って
> 接しているからでしょうか・・・。
>
ですよね、きっと。
違う同士だから、ないものねだりで惹かれあう部分も
あるかも知れませんね。
尊重と感謝と思いやり、ほんとにそうですよね。

> まず私は身近なところ・・・物への感謝から初めてみようかな・・^^

物への感謝 賛成です。 私はとりあえず、このパソコンさんに
ありがとうと言ってまーす。

今日もていねいにコメントしてくれてありがとう~。
うれしいです。
お邪魔します☆
シャイドリーマーさんこんばんは^^
あたたかい心でお互いに理解し合おうという想いと
感謝の心。
大切していきたいもの。
なんか詩にできそう♪
でも亡くなったおばあちゃんに会いたくなりました><
お墓参りいかなくちゃ。
素敵なお話でした。
ありがとうございます。
Azさんへ
こんばんは~

詩にできそうですか、ぜひ作ってください♪
思ったのですが、Azさんって心のきれいな方ですね。
おばあちゃんはきっと、Azさんのすぐそばで
守っていてくれると思います。
もちろんチャンスがあれば、お墓参りも行った方がいいと
思いますけどもネ。 お盆だしネ。
今日もコメントありがとうございます♪
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