おもしろい小説を書きたかった男小説家Aは売れない小説家だった。 生活していけないのでバイトをしている。 ひとり暮らしならそれでもいいだろうがAには妻も子もいる。 養っていかなければならない身なのだ。
Aには文章力はある。 少なくとも彼はそう思っている。 だが、とにもかくにもアイデアが浮かばない。 おもしろい小説を書きたい! 最近のAはそのことばかり考えていた。 要はアイデア、ネタがすべてなのだが、今のAには何も浮かんでこない。
と、ある夜のこと。 うとうとしかけた時だった。 声がした。 姿は見えない。 声だけだ。 現実離れしているので、姿は見えずとも、これは夢というものなのだろう。
「おまえはおもしろい小説を書きたいのだな」 威厳のあるその声は問いかけてきた。
Aはきょろきょろした。 だがやはり、姿は見えない。 声はさらにこう言ってきた。
「わたしの姿などどうでもいい。 おまえはおもしろい小説を書きたいと願った。 だから願いをかなえてあげよう」
「よいか。 ありのままを書け。 おまえの生活を忠実に描写すればよいのだ。 そうすればすべてうまくいく」
これは夢なのだろう。 あるいは幻聴? 最近ノイローゼ気味なので幻聴であっても不思議はない。
2日後のことだった。
Aがぼんやり歩いていると、とある女性に偶然、出くわした。 昔の浮気相手B子だった。 たぶん、40近くになっているはずだが、B子は変わらず、いや昔以上に美しかった。 まぶしかった。
そして、二人の仲は復活した。 想像だにしなかったことだが、再び、AとB子は愛し合うようになったのだった。
Aはばれないよう慎重に振る舞っていたが、ある日あっさりと妻に知れてしまった。 のんきなAはそれでも、その場しのぎの嘘でごまかせると思っていたのだが、そうは問屋がおろさなかった。
妻は激怒。 小学生のひとり息子を連れて家を出てしまった。 そして数日後、離婚届を送りつけてきたのだ。
しかもこれでは終わらなかった。 妻が出て行った後、B子がAの家にやってきて、なんと居ついてしまったのだ。 さらにもう一つ予想しなかったことが起きた。
B子の現在の恋人、Cという男がAの家に乗り込んできたのだ。 B子はCのもとに帰らないと言う。 Cは、それなら自分もここで一緒に暮らすと言う。 ありえない話だが、B子のみならず、なんとCまでAの家に住みついてしまった。 いやはや。 どうしたものか。
こんな話をだらだらしても、読者の皆さんにあきれられるばかりだろう。 結論を急ごう。 奇妙な三角関係と三人の同居生活は続いた。 Aと恋敵のはずだったCの間には、不思議な友情さえ生まれていた。
3年後。 Aは成功していた。 この変てこな経験を小説にしたところベストセラーになり、映画化までされたのだ。 今やAの名前を知らない者はいない。
そう。 3年前に見た夢、いや聞いた不思議な声の通りになったのだ。
彼は欲していたものを手に入れた。 使っても使いきれない大金。 高級住宅。 高級車。 地位。 名声。
今、彼は大邸宅のリビングでくつろいでいるところだ。 えっ? 家族や浮気相手とその恋人はどうなったかって?
B子もCも、自分たちのことを小説に書かれたことを知ると憤慨し、Aの家を出て行ってしまった。
成功したAは元妻に連絡を取ったが、小説を読んだ妻は決してゆるしてはくれなかった。 それどころか、子供の新しい父親となってくれる人を見つけたという。
自分も子供も、Aには二度と会うつもりはないそうだ。 つまり、Aはひとりぼっちになってしまった・・・
Aは高級ワインと高級チーズでくつろいでいるところだ。 だが正確に言うなら、彼の心はくつろぐどころではない。
Aはさびしかった。 空しかった。 悲しかった。 人生がつまらなかった。
少し酔いがまわった大小説家のAはつぶやいた。
「幸せって・・・いったい何だろう?」
あなたは答えられるだろうか? この基本的な単純な質問に。
幸せとは何なのだろう?~おしまい~
読んでくれてありがとう。 他のお話も読みたいという方は、
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