「大好き」という言葉しかない国その国はたいへん不思議な国でした。 好き嫌いに関して「大嫌い」という言葉がない国なのです。
えっ 意味がわからないって? では少し詳しく説明いたしましょう。
その国では、「大好き」という言葉はいくらでも自由に使えるのですが、「大嫌い」という言葉については、王様に承認してもらってからでないと使えないのです。
大人でも子どもでも、大嫌いという言葉を使いたくなったら王様のところへ行きます。 そして王様のOKが出てはじめて使えるようになるのです。
ある日のこと、一人の肉屋が王様のところにやって来ました。 肉屋は王様に訴えました。
「隣の魚屋は法を犯してます。 私のことを大嫌いだと言ってるのです。 実際、私もあいつが大嫌いなのですが、法律は守りたいのでこの言葉を使えません。 どうぞ承認してください」
王様はもっと詳しく、肉屋から話を聞きだしました。 すると、出るわ出るわ、肉屋は次々と魚屋の悪いところについて話します。
と、その時・・・新しい訪問者がやって来ました。 なんとその魚屋です。 王様のところに招きいれられた魚屋は、顔を赤くして言いました。
「確かに私は、大嫌いという言葉を使ってしまいました。 申し訳ございません。 でも! この肉屋はとんでもないやつで、私はガマンできなかったんです」
今度は魚屋の方が、肉屋がいかに嫌な人間なのかを長々語り始めました。
二人の話が終わりました。 すると王様は今度はこんなことを聞いて来ました。
「二人の話はわかった。 では今度は別の質問をしよう。 肉屋よ、魚屋の大好きなところはどこじゃ?」
「大好きなところ? 王様、お言葉ですが、大好きなところは一つもありません。 だって大嫌いなのですから」
すると魚屋も激高して叫びました。
「私だってそうですよ! こいつにいいところなんか一つもない。 大嫌いです!」
王様は腕組みをして、難しい表情を浮かべました。
「ふーむ困ったのぉ。 承認するためには段取りを踏まねばならん。 承認の前には一つでいいから、相手の大好きなところを言わなければならないという決まりなのじゃ。 まぁ、形式上のことじゃ、一つ過去のことで構わんから、互いの大好きなところを申してみてはくれんかの」
さてと。 二人は困ってしまいました。 大好きなところなんて一つもない・・・はず。 でもそれを言わないと承認してもらえない?
肉屋はしぶしぶ話し始めました。
「こいつは声が大きいんですけど、最初の頃は、大きな声で挨拶をしてくれてました。 隣同士なもので。 実に気持ちのいい挨拶で・・・」
すると魚屋も言いました。
「最初の頃、肉屋は気前が良くて、魚ばっかじゃ飽きるだろうと、肉をくれたりしてました。 最初の頃だけですけどね」
王様はにこりともせず、威厳を保ったまま、さらに聞きました。
「ほ~お、その頃は、一度でもお互いを大好きと思ったのだな?」
「はい!」
二人は同時に返事してしまいました。
「そういえば・・・最初の頃は、隣同士、商店街の活性化のために協力しあおうと誓ったこともありました。 いいやつだと思ってたんですけどね、まぁ、根は悪いやつじゃないと思うんですが、なんでこんなことに・・・」
と、肉屋が言うと、負けじと魚屋も
「それはこっちのセリフだ。 優しいやつだと思ってたのに。 そうそう、最初の頃、魚を分けてやったことがあって、肉屋の癖に、ほんとは魚が好物だと言うので大笑いしたことがあったなぁ。 懐かしいなぁ、あの頃が」
「そうそう、そんなこともあったな。 おまえのところの魚は実にうまい」
「いや、お前のところの肉こそうまいよ」
と、二人はいつの間にか褒めあうことに? 奇妙な展開になってきました。
王様は言いました。
「よし。 これで形は整った。 あとは承認スタンプを押すだけじゃ。 承認スタンプを押したら、いくらでも大嫌いという言葉が使えるようになる」
すると二人はまた同時に、「待ってください!」と言うのです。
その後、先に口を切ったのは肉屋でした。
「あのぉ~、こいつはどうか知りませんが、私の方は・・・大嫌いの承認はいりません。 実は、大嫌いを意識し続けていたら、胃がキリキリと痛くなりまして、ずっと治らなかったんです。 でも今、大好きを意識して話してたら、胃の痛いのが治りまして・・・それどころか非常に気分がいいんです。 だんだん楽しくなってきまして、だから私の承認はなしということにしていただけませんか」
すると魚屋も
「王様、実は私も・・・こいつが大嫌いと言い続けていくうち、偏頭痛に悩まされるようになりまして。 決してマネするわけじゃないですが、今、大好きの話をしてたら、頭痛のことなどけろりと忘れてすごく楽しくなってきたんです。 私にも、大嫌いの承認はいりません。 せっかくご配慮いただいたのにすみませんが・・・」
王様はにやりとしました。
「なるほど。 大嫌いの言葉を使うと具合が悪くなり、大好きを使うとよくなるということだな。 それでは、大嫌いの承認はなしということにしよう。 今日の件はあっぱれじゃから、明日一番の朝刊に載せようと思うがよいな?」
「はい、光栄でございます!」二人はまたしても同時に答えました。
そして次の日の朝のことです。 朝刊にこんな見出しが載りました。
「国一番のおいしい店、肉屋と魚屋、仲直りする」
茶目っ気のある王様は、肉屋と魚屋の宣伝も含めて大きく載せてくれたので、二つの店は大繁盛しましたとさ。
めでたし、めでたし。
~おしまい~
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