うさぎの旅そこはおとぎの国でした。 美しいお花畑が広がっていて、その向こうには澄んだ川が。 水も食べ物も豊富にあり、一切の不自由はありません。
皆、笑顔で幸せに暮らしています。 そこにあるのは愛だけ。 争いも憎しみも不安もありません。
ここに一人の(人間風に、一人という言葉を使わせてください)なんとも愛らしい、うさぎがいました。 ふわっふわの毛に覆われた、ピンク色のうさぎです。
うさぎはある日、「自分はふわふわのピンクのうさぎなんだ」と意識しました。 そしてその日からピンクのうさぎになったのです。
うさぎのまわりには、たくさんのお友達がいました。 ブルーやグリーンのうさぎもいます。 少し年上のブルーうさぎは旅から戻ったばかりです。
そこでピンクのうさぎは聞きました。
「旅はどうだった? 楽しかった? それとも辛かった?」
するとブルーうさぎは答えました。
「うーん説明しづらいな。 実際に体験してみないと。 でも僕は今とっても幸せだよ」
ピンクのうさぎは、どのうさぎよりも臆病な性格でした。 ところが、同時に好奇心の強いところもあったのです。 それで、よーし自分も旅に出ようと思いました。
おとぎの国の出口から、うさぎはすっと出て行きました。 とても勇気のいることでしたが、そこにはワクワクした自分もいました。
出口から出た途端、おとぎの国のドアはパタンと閉まってしまいました。
そして、そこには・・・
暗い一本の道が。 なんとも不気味です。 なんだか変なところだなぁ。 ピンクのうさぎは臆病なものですから、すぐに怖くなってしまいました。
それでも勇気を出して、一歩一歩歩いていきました。 というより、ドアが閉まってしまった以上、後戻りできなかったのです。
ずっと歩いていくと、街に出ました。 そこは人間の国でした。 たくさんの人間たちがいました。 ピンクのうさぎにとっては、珍しい光景でした。
ところが。
人間たちの表情は険しく、お互いを突きあったり傷つけあったりしているではありませんか。 そこへ、屈強な男が近づいて来ました。
「うまそうなうさぎだな。 食ってやろうか」
ピンクのうさぎは幸いにもすごく足が速かったので、ピョンピョンと跳ねながら、大慌てで逃げ出しました。
人間たちの見えないところまで来て、ピンクのうさぎはようやくほっとしました。
「ああ、怖かった。 人間って怖い動物だなぁ。 とんでもないところへ来てしまった」
もうしばらく歩いていると、また新しい街にたどり着きました。
「やあ、かわいいピンクのうさちゃん」
ふと見ると、穏やかそうな紳士がのぞきこんでいます。 とっても優しそうな表情に安心したうさぎは、この紳士についていくことにしました。
紳士は薬を売り歩いていました。
「これは万病に効く薬だよ。 特別に安くしてやるから買わないか?」
紳士は街の人たちに話しかけていました。 人々は顔を見合わせていましたが、やがて次々と薬を買っていくのでした。
皆が去った後、ピンクのうさぎは紳士に聞いてみました。
「あなたは立派な方ですねぇ。 こんなにいい薬を安く売ってあげるなんて」
すると紳士は急に表情を変えました。 そこにはずる賢い表情が浮かんでいます。
「これはな、ただの水だよ。 だがこのことはばらすなよ。 おまえは珍しいうさぎだから、ちょうどいいマスコットになる。 オレと組んで一稼ぎしないか?」
ピンクのうさぎは驚いて声も出ませんでした。 おとぎの国では、人を騙す者などいなかったからです。
ムリだ。 僕にはできない!
臆病なうさぎは、ものすごい勢いで、ピョンピョンと飛ぶように逃げていきました。
がっかりしたうさぎは、再び歩き出しました。 何日も何日も歩きました。
何も食べていません。 疲れきったうさぎがたどり着いた先は、ある大きなお屋敷の前でした。 お屋敷には広い庭がありました。
うさぎの大好きなお花もいっぱい咲いていました。 うさぎは吸い寄せられるように、その庭に入っていってしまいました。
庭には、ベンチに優雅に腰掛けている女性がいました。 いかにもお金持ちの貴婦人といった感じです。
今度は女の人だから優しいかも?と思い、ピンクのうさぎはおずおずと近づいていきました。 と。
うさぎに気づいた貴婦人は、にっこり微笑んで話しかけてきました。
「まあ、なんてかわいらしいうさちゃんなの。 こっちへ来てお顔を見せてちょうだい」
恥ずかしそうに、それでもうれしそうに、うさぎは貴婦人の前に行きました。
「ねえ、うさちゃん。 よかったらうちのペットにならない?」
「ペットって何ですか?」
おとぎの国から来たうさぎは、ペットのことなど何も知りませんでした。
「この家に住めるってことよ。 おいしい餌もたっぷりあげる。 そのかわり、私の買ってきた服を着るのよ。 それから、私のいうとおりにするの」
「どういう風にですか?」
「動物なんだから、芸を覚えなきゃ。 お客様が来たときに喜んでもらえるように訓練するの」
うさぎは躊躇しながら聞きました。
「あのー 自由はないんですか?」
「自由? 何をいってるの。 こんな大きなお屋敷に住めるというのに贅沢な。 餌も住居も与えます。 あなたは芸を覚えればいいの!」
ピンクのうさぎは、やっぱり怖くなってしまいました。 そこで遠慮がちに、それでもはっきりとこう言い放ちました。
「ご親切には感謝します。 でも、僕は僕でありたいんです。 自分の道を歩きたいんです。 お役に立てなくてごめんなさい」
そしてうさぎは、貴婦人の返事を待たずに、またピョンピョン飛ぶように跳ねながら、走っていったのでした。
さらに一日、うさぎは歩き続けました。 でも、もう限界です。
うさぎはとうとう、その場に倒れこんでしまいました。
気づくと、うさぎはベッドに寝かされていました。 といっても、みすぼらしい木の堅いベッドです。 心配そうにうさぎを覗き込んでいる人たちがいました。
10歳くらいの薄汚れた少年と、いかにも貧しそうなおじいさんとおばあさんでした。
「よかった。 気がついたみたい」
少年のあどけない、うれしそうな声がしました。
ピンクのうさぎはここでお世話になることになりました。 家はボロ家ですき間風がピューピュー。 風が吹くとガタガタゆれるのです。
食べ物もあまりありませんでしたが、少年と祖父母は、わずかな食べ物をピンクのうさぎにも同じ量だけ分けてくれたのです。
ある晩、4人(うさぎも含めてです)は、ほとんど実のない薄いスープを分け合っていただいていました。
「おいしい。 なんておいしい。 そしてあったかい。 このうちも人もあったかい」
うさぎはうれしくて、この時はじめてうれし涙を流しました。
ところが、旅でムリをしすぎたのか、繊細なうさぎの体は弱っていて、再び具合が悪くなってしまったのです。
うさぎは静かに横になりました。
そこには、おじいさんもおばあさんも少年もいました。
「うさぎ君、しっかりして。 元気になって遊ぼうよ」
少年は呼びかけましたが、うさぎには届いてないようです。
すると、おじいさんが少年に諭すように語り始めました。
「これは悲しいことではないんだよ。 このうさぎの魂は一番いい方法を知っているんだ。 そろそろ帰ろうかなって思ってるのさ」
「帰るってどこに?」
「とってもいいところさ。 うさぎのふるさとだよ」
と、急にうさぎが声を出したのです。
「ありがとう。 幸せを教えてくれて、ありがとう」
臆病者だけど、憎めないピンクのうさぎ。 ピンクのうさぎはいっぱい学んで、おとぎの国へと戻ってきました。
戻ってくつろいでいると、年下の真っ白なうさぎが近づいて来ました。
「聞いたよ。 旅から戻ったんだって? ねえ、教えてよ。 どうだった? 楽しかった? それとも辛かった?」
ピンクのうさぎは静かに答えました。
「一度行ってみるといいよ。 僕は行く前も行った後も幸せだけど、でもね、行ってからの方がもっと幸せさ。 旅をしてよかったよ」
せっかちであわて者の、真っ白なうさぎはそれを聞いて早速旅支度を始めました。
今度はあなたの街へ、真っ白なうさぎが現われるかも知れませんね。
~おしまい~
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