2009.09.23

欠乏症の犬(幸せになれるオリジナル小説)

欠乏症の犬


今年6歳になる陸(りく)は幼稚園の年長さんです。 ずーっと前からほしくてほしくてたまらなかった、かわいい子犬が先月、お家にやって来ました。 

陸はうれしくてたまりません。 ただ問題がひとつ。 お母さんです。 お母さんは動物が苦手なのです。 子供の頃から一度も飼ったことないし、さわるのも苦手なんですって。 

それでも陸の熱意に根負けし、ついに子犬を飼わせてくれることになったのです。 

子犬の名前は陸がつけました。 海(うみ)といいます。 小型犬ミックス(雑種)のオスで、愛くるしい犬です。

ところが~、ここのところ、海の元気がなくなってきました。 ご飯もあんまり食べないんです。 陸は心配でなりません。

ついにお母さんとふたりで、海を動物病院に連れていくことにしました。



動物病院の先生は30代くらい、やせてメガネをかけています。 海は診察台に乗せられて怯えています。 

一通り診察が終わると先生がひとこと。

「この子は欠乏症ですね。 必要なものが足りてないんです」

陸にはそんなむずかしい言葉はわかりません。 そこでお母さんがかわりに受け答えをしました。

「先生、欠乏症って何が不足してるんでしょうか?」

「ええと、まずはどんな風に海ちゃんに接しているか、教えてくださいますか?」

「ペットを飼うのは初めてなもんですから、本を買ってきまして、その通りにやってます。 普通に餌をやったり、散歩に連れてったり。 本に書いてあることはちゃんとやってます」

「坊やがいらっしゃらないとき、海ちゃんに話しかけてますか?」

「えっ? だって犬ですよ。 話しかけたって言葉がわかるわけないし。 それと病気と何か関係があるんですか?」


陸は先生とお母さんの会話をじいっと聞いていました。 内容はよくわからないけど、とにかく海を助けたかったのです。

先生は静かに説明を始めました。

「海ちゃんは、”愛の欠乏症”なのです。 最近のワンちゃんに多い病気です。 お薬では治りませんが、ご家族が一致団結すれば、カンタンに治る病気なんですよ」

お母さんはしばらく、ポカンとしてました。 そしてやっと口を開きました。

「愛の欠乏症? そんな病気があるんですか? 一体どうすれば治るんですか?」

「それはですね、一日に何度でもいいので、というか多い方がいいんですが、愛を与えるんです・・・きっと坊やの方がわかるんじゃないかな。 坊や、”愛をあげる”ってわかるかい?」

すると陸は

「わかるよ!」

と、即答しました。 そして、診察台に乗せられた海をいきなり、ぎゅーっと抱きしめました。 抱きしめただけでなく、海の体を優しく、優しく、撫で始めました。


「よくできたね。 そう、それが愛を与えるってことだね。 お母さん、わかりましたでしょうか。 息子さんと同じこと、海ちゃんにもやってあげてくれませんか。 そうしたら、海ちゃんはすぐに元気になりますよ」

「はぁ・・・」

お母さんはキツネにつままれたような顔をしています。 とにかく、お薬も出ませんでしたので、ふたりは海を連れて家に帰って来ました。


翌日、陸が幼稚園に行っているとき。 お母さんはふと、海の顔をのぞいてみました。 なんだか人間の子のような表情をしています。 何か言いたげです。 さびしそうです。

「そうだ、愛を与えよう、陸がやったみたいに」

お母さんは苦手感を少しガマンして、海をぎゅーっと抱きしめてみました。 やわらかくて温かくて、それはなんともいえず、いい感触でした。

海はうれしそうにじっとしていました。 そして少し尻尾を振り出しました。 

かわいい! 犬でもかわいいんだわ。 赤ちゃんみたい。 お母さんはそう思いました。 


その日以来、お母さんは陸のいないときでも、海をたくさんかわいがるようになりました。 抱きしめたり撫でたり、またひんぱんに話しかけるようにもなりました。

海の病気はどうなったかって? そう、ご想像通りです。 たちまち元気になり、ご飯もたくさん食べるようになりました。

もうじき夏休みです。 一家は、海も連れて、家族で旅行しようと計画しています。

ところで・・・愛の欠乏症は、人間でもかかるそうです。 だけどね、お薬なしでも治せますよ。 愛をたっぷり与えましょう。 そしたらすぐに治りますからね。


~おしまい~


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2009.09.03

カナダ遠征合唱団(幸せになれるオリジナル小説)

カナダ遠征合唱団



リジーはカナダのある街の、小さな銀行に勤めています。 気のいい同僚たちに囲まれて、まずまずの日々を送っていました。 

ある日のこと、普段はそうお客の多くない支店なのですが、この日ばかりは違っていました。 アメリカから団体客が来たのです。 お客といっても大人ではなく、そのほとんどが高校生でした。 両替に来たのです。

リジーや同僚たちはいつもと変わらず、にこやかに応対しました。 



すべての両替が済んだ時のことです。 お客さんの中で唯一の大人である、引率の先生らしき人がリジーにこんなことをいってきました。

「この銀行の方は皆、親切ですね。 すばらしいです。 私達はアメリカの〇〇州から来た合唱団です。 この子たちは皆、高校生なんです。 カナダへ遠征に来ましてね。 明日がコンクール本番なんです」

「そうですか。 成功をお祈りしますね」

するとその先生は、さらにこんなことをいい出したのです。

「皆さんが親切にしてくれたので、お礼がしたいのですが・・・ もしよかったら、お礼に歌を歌いますので聴いていただけますか?」



ふと見ると、先生の後ろにいる高校生たちも目を輝かせています。 リジーが少し困惑していると、たまたま近くにいた支店長がかわりに答えてくれました。

「ぜひ聴かせてください。 お願いします」



許可をもらった合唱団は、あっという間にいつものような配列で並びました。 指揮者は先生です。 

仕事をしていた銀行員たちも思わず手を止めました。 他のお客さん達も聴く体勢に入っています。



指揮に合わせて、彼らは歌い出しました。 それは天使のように、美しい歌声でした。 

コンサート会場に早がわりした店内。 高い天井の効果もあり、美しいハーモニーが高らかに響き渡りました。

歌が終わると、銀行員もお客さんも思い切り、手を叩いていました。 拍手は鳴り止まず、やがて「アンコール アンコール!」と叫ぶ人まで現われました。

そこで合唱団は、もう一曲歌いました。 歌い終わると、人々は再び熱い拍手を送りました。 皆、幸せでした。 歌った側も聴いた側も。 

ほんの10分程度のできごとです。 でも彼らが帰った後も、その銀行にはいつまでも”幸せの余韻”が残っていました。 



リジーは人のいい女性です。 この話を自分だけの胸にしまっておくのではなく、家族や友人にも話そうと思いました。 

とりあえず帰ったら、今日本からホームステイに来ている学生に話してあげようと考えました。

リジーが帰宅すると、一足先に帰っていた日本人学生がリビングにやってきたところでした。

そこでリジーは話し始めました。

「今日はとってもいいことがあったの。 いつものようにお客さんの応対をしていたらね・・・」



ー 音楽は人を幸せにします。 でも特に、愛と優しさと心のこもった音楽は、人をより幸せにするのです -

ー 幸せは分け与えると倍増します。 幸せの度合いも増えていくのです 



~おしまい~


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