涙の瓶昔、昔、その昔、あやちゃんという女の子がいました。 泣いてばかりいるので、”泣き虫あやちゃん”と呼ばれていました。 泣くとからかわれ、からかわれるともっと泣いてしまう。 そんな毎日が続いていました。
ある晩、あやちゃんは空を見上げていました。 星にお願いするのが好きだったのです。 あやちゃんは誰にも聞こえないよう、小さな声でお願いしました。
「お星さま、どうかわたしを、泣かない強い女の子にしてください」
するとどうしたことでしょう。 お星さまはピカピカッと合図をして、こんなことをお話しになったのです。
「よい涙なら流してもいいのです。 よい涙は瓶に詰めて取っておきましょう」
「悪い涙は捨ててしまいましょう」
あやちゃんはびっくりして、思わず尋ねました。
「よい涙と悪い涙があるのですか?」
「よい涙はきれいな色の涙です。 悪い涙は汚い色の涙です」
もっと聞きたかったけれど、お母さんが階段を上がって来る音がしたので、それ以上聞くことはできませんでした。
次の日のことです。 学校の帰りにまた、いじめっ子にいじめられてしまいました。 泣きながらお家に帰ったあやちゃんは、ふと心の中でこんなことを思いました。
「あんな子 いなくなっちゃえばいい! 大嫌い! ひどい目に遭えばいいのに!」
その時、あやちゃんは自分の涙の色に気づきました。 なんだかドス黒いのです。 涙の色がとても汚いのです。 あやちゃんははっとしました。
「これが悪い涙なの?」
「きっとそうだ。 汚い色だもの。 悪い涙は捨てなきゃ」
不思議とその涙は”手に持つ”ことができました。 両手にそのドス黒い、ぷよぷよしたゼリー状になった涙を持って、あやちゃんはキッチンに行きました。 そしてそれをゴミ箱に捨てました。
次の週のことです。 また学校でいじめられてしまいました。 今度は集団です。 あやちゃんはワーワー泣きながら、校庭の隅のうさぎ小屋に走っていきました。 うさぎさんのいるこの場所が、あやちゃんの逃げ場所だったのです。
泣きながら、大好きなうさぎさんを見ていると、いつの間にか、いじめた子のひとりがやって来ていました。 その子は申し訳なさそうに、おずおずしながらこう言いました。
「あやちゃん ごめんね。 本当はこんなことしたくないんだけど、いじめるふりをしないとわたしがいじめられちゃうの。 許してね。 それからこれは内緒にしてね」
それを聞いたあやちゃんは
「いいよ気にしないで。 教えに来てくれてありがとう」
と答えました。 その子が行ってしまった後、別の感情が出てきて、今度はもっと大きな声を張り上げて泣いてしまいました。 でも今度の泣いた理由はまた別のものでした。
「かわいそうなお友達。 本当は嫌なのにいじめなきゃならないなんて。 それでも勇気を出して言いに来てくれたんだ。 うれしいな。 悲しいけどうれしいな」
その時、あやちゃんは気づいたのです。 涙の色に。 その涙は、表現できないほど美しい色でした。 まるで虹のように、やさしい色が折り重なった色でした。
これだ。 これがいい涙なんだ。 実はあやちゃん、いい涙を取っておけるよう、ジャムの入っていた空瓶をいつも持っていました。 案外ちゃっかりですよね。 あやちゃんはその涙を瓶に詰めました。
このことを、あやちゃんは誰にも黙っていました。 話したとしても、信じてくれる人などいないでしょうしね。 泣き虫のまま、あやちゃんは成長していきました。 そう、泣き虫のままです。 でも、あやちゃんはだんだんコツをつかんでいったのです。
だんだん、いい涙が増えてきて、悪い涙が減ってきました。 そして、どんな涙がいい涙で、どんな涙が悪い涙なのかもわかってきました。 悪い涙の色はあまりにも汚くて、捨てるしかないので、自然と悪い涙を流さなくなってきました。 いい涙は美しくて、たくさん取っておきたくなるので、わざとというわけではないけれど、今まで以上に流すようになりました。
そして時は過ぎ・・・あやちゃんは大人になりました。 大人になったあやちゃんは瓶のことなど忘れていました。 明日、嫁ぐという晩、あやちゃんは不思議な夢を見ました。 キラキラ光るお星さまが、あやちゃんに話しかけてくる夢です。
「あやちゃん、あなたは素敵な大人になりました。 あの瓶のことは内緒にし続けてくださいね。 ただ、あなたが話してもいいという人がいたら、ひとりだけ選んで、話してあげてくださいね」
そしてまた時が過ぎました。 あやちゃんには小学校に上がったばかりの娘がいます。 ある日、その娘がわぁわぁ泣きながら、学校から帰って来ました。 娘はお母さん譲りの泣き虫さんで、年がら年中泣いてばかりいるのです。
娘は泣きながら、あやちゃんお母さんに聞いてきました。
「ママ、どうしたら泣かない子になれるの?」
あやちゃんは少し考えてから、こう答えました。
「泣いてもいいのよ、いい涙なら流してもいいのよ。 涙にはね、いい涙と悪い涙があるの」
お母さんになったあやちゃんは、机の上に飾っておいた瓶に目をやり、それを娘の目の前に置きました。
「何が入ってるの? すっごくきれい・・・」
娘は興味深げに聞いてきました。 そこで・・・おっと切りがないですね。 あとのことは、あなたの想像におまかせします。
でもひとつだけ。 その後娘さんは、あやちゃん以上にやさしい、きれいな涙を流せる少女に成長したそうですよ。
お・し・ま・い~
読んでくれてありがとう。 他のお話も読みたいという方は、
こちらもどうぞ!